「お前地獄の仏って知ってるか?」
「最悪の状況でも救いはあるってことだろ」
「違いますよ。お嬢様のことです」
「私!?女マフィア界のアルテマウェポンって呼ばれたことはあるけどなぁ」
「そりゃ裏だろ。この界隈の話だっつぅの。
風紀委員のくせぬ舐められてんじゃねぇか?」
「えー、そりゃ私が服装検査係のときは、化粧したままの人とかいるけど」
「そういうときはバシッと言わなければなりませんよ。化粧は校則違反でしょう」
「だけどそういうのやりたい盛りだろ?イェンだって初めは不良ぶってるのがかっこいいと思ってたんだし」
「若さゆえの過ちですね」
「そのころはすでにお前ら規準じゃ若くねぇだろ!それにオレは不良ぶってたわけじゃ」
「黙らっしゃい!」
標的02 知らぬが仏・前編
イェンが白兎に納豆を投げつけられた三十分後、は通学路上にいた。
山本も了平も部活、獄寺はわざと遅刻、ツナは他意のない遅刻で彼は一人だった。
イェンはやけに粘りの強い青森納豆の餌食となってシャワーを浴びているし、エアはと言えば巻き添えを食う前にさっさと家を出ていってしまった。
これで護衛と言えるのだろうか。
が一人ぼっちで登校するハメになった原因の白兎にだって言い分がある。
曰く「食事中にべらべらとはしたない。それでも様の部下ですか!」らしい。
喋っていたのは何もイェンだけではなく、とエアもなのだが、位置的にイェンに納豆を投げつけやすかったらしい。
それにに納豆を投げるようになったら、もはや世紀末は近いだろう。大洪水リターンズとかあるかもしれない。
イェンの朝が早いせいで白兎との会話が少なかったことにしょんぼりしながら歩く。
「イェンのかまってちゃんが……」
「せんぱーい!」
ミ○コ!?
耳に悪いぶりっこ声がしたかと思うと、腕に衝撃を感じた。
緩いウェーブがかかったツインテールが周りを装飾するつむじが見える。
顔を上げた彼女はニシキヘビもびっくりなしめつけでの腕に抱きついていた。
上げた顔はこれでもかというほど目を強調した化粧を施していた。
母上のナチュラルメイクや、白兎のすっぴんに慣れきっていたのでこれには辟易する。
ええと、この子は一年の
……誰だ。
雲雀ほど学校に執着がないので忘れてしまった。
とりあえず
「その化粧は看過できないな」
と注意した。
「せんぱいはこのメイク嫌いですか?今流行りなんですよぉ」
「嫌いだな」
お前はアイアイでも目指してんのか。
童謡のアイアイは作者があんまり知らないのに想像で作った曲である。
コルタに頼んで連れてきてもらったときの衝撃ったらなかった。あんなに恐ろしいとは露知らず。
幼心に受けたあの恐怖を思い出し、過去の自分を笑う。
それが気に入らなかったらしい一年(仮)はムスッとした表情で、の頬を突き刺してきた。
ゴットマーザーたるファミリーの後継ぎになんて仕打ちだ。場所が場所なら斬殺が銃殺刑ものである。
「ちょっとせんぱい!今他の女の子のこと考えてたでしょ!」
どうしてそうなった。
勘違いもはなはだしい言い種だが、それを正してやる気はさらさらない。
学校についてしまえば別れるし、また後で会う気もないからだ。
「あたしがいるのにぃ」
膨らませた頬に風穴とか開けてぇ。
不覚にも一般人に殺意を抱いてしまい、荒れてきた心を納豆を一心不乱にかき混ぜる白兎を思い浮かべることでなだめた。
タバコでも吸いたいと口に手を当てたる。
もしかしたら彼女は私が家を出るのを待っていたのかもしれない。
並中生には朝学習をしようという殊勝な生徒が多くない。
部活で早いヤツは武を筆頭に多々いるが、
こんな明らかにギャルっぽい人間は始業三十分前とか、話をする生徒はそれより少し早くに来る。
少なくとも指導を恐れて風紀委員と同じ時間に来ないのだ。
明日から防犯カメラを設置しとくか。
は心に決めた。
「おい、行くなら早くしろ。
今日は私が当番だから、校門に立つまでは見逃してやるがそれ以後は認めない」
「ほんと?せんぱいったらやーさーしーいー!」
喜んでおきながらそれでも動かない彼女に追い払う仕草を見せる。
期待に満ちた目でを見つめていた彼女は、顔をつきだすのをやめて、もの足りなそうに去っていった。
「ったくなんなんだ……」
本当なら恭弥が来る三分前には着く予定だったのに、今ので予定が狂ってしまった。
一瞬カバンを応接室に置いてくるか迷ったが、結局柱の影にそれを置き、自分はもたれかかって生徒たちが校門をくぐるのを待つ。
「いや、だって、駄目だって言うのは酷じゃないか。青春だぞ?青髭伯爵より真っ青だぞ?」
「君は青春を謳歌するために法律を無視するわけか」
「規則は破るためにあるんだ!」
「今のは君に規則がどうこう言った僕が悪かった」
そもそも法律じゃなくて、校則であるが。
マフィアに法律云々と語ったところで、馬の耳に念仏だ。
ふかふかのソファを前にして、は石抱きの刑に処せられた。
石抱きの刑とは三角の材を並べた台の上に正座させ、膝の上に重い石板を乗せる刑のことである。
なんてひどいことをと思う優しい方もいるかもしれないが、心配ない。
「このこんにゃく持って返っていいか?」
「ダメに決まってるだろ。それは僕の夕飯になるんだから」
ちなみに三角材は発泡スチロール。
煮物にしたかったのに。
しょんぼりしながら巨大なこんにゃくの塊を摘まみ上げた。
が、重すぎて危うく落としかけた。
は今、服装検査のずさんさについて雲雀に説教を受けているところだ。
普段雲雀が校門に立てば、グロスの一つも見逃さないというのに、
ときたらパンチラギリギリのスカートの短さも、ゆるゆるのリボンも、がっつりマスカラも素通りさせるのだ。
だから校内で大量補導が起きる。
「君には検査規準はちゃんと伝えといたよね」
「そんな五ミリとかの差でカリカリすんなよー」
「五ミリとかそんな問題じゃないし君の場合」
雲雀の場合一ミリでもずれてたら、その場でトンファー召喚だ。
イライラした様子で石抱き状態の前を歩き回り、思い出して机に置いてあった本を叩いた。
「しかも見逃した理由はなんだっけ?」
「本読んでました」
「……ところで何の本」
興味半分に雲雀がページをめくってみると、日本語と違って横文字が連なっていた。
一言も彼の解せるところにない。
「イタリア語訳・人間失格」
「本のチョイス!」
よくあんな騒がしいところで鬱な純文学を読めたものだ。
どうりで周りの注意もおろそかになるはずだ。
雲雀は本を放り投げた。
ナイスイン。
名作は入れ替えたてでゴミ一つないゴミ箱へと入った。
「ああ!○ランティーノ直筆の伊訳本なのに!」
「そんな高価なものを持ってくるんじゃないよ。
ところで君の下駄箱に入ってたラブレターは全部捨てていいよね」
あの本の価値を知り、回収した本をまた開いてよく見てみると、線引きで消してあったり、擦ってしまったのか掠れた文字などところどころにあった。
○ランティーノさんはこの不況で暇なんだろうか。
茶番を止めてソファに戻ったに手渡し、代わりにゴミ箱横にあった紙袋を持ち上げた。
あからさまにハートのシールが貼ってあるものや、ただ糊で封をしたものなど様々だ。
中にはどう見ても男物も混じっていて、少々寒気を覚える品々が満載である。
「男物の八割は部活の勧誘だ。
いたって健全だから心配には及ばない」
「残り二割がおぞましすぎるんだけど」
「私も性転換する覚悟があるとかあったときにはさすがにひいた。本当は男のラブレターが正しいのにな。
手紙は捨てないでくれよ。全部返事書くんだから」
「いい加減止めればいいのに。もちろん断るよね」
「当たり前だ」
ため息を吐きながら当然のように言われた言葉に、雲雀は思わず胸を撫で下ろした。
が誰か他の男と歩いているのを想像するだけで、壁に穴を開けたくなるのだ。
このラブレターはの下駄箱に届けられるのだが、当初彼は気にも止めていなかった。
が日を増すごとに手紙は増えていき、ついに下駄箱が閉まらなくなったので、現実に目を向けてそれらに返事を書いて捨て始めた。
しかしそれでおさまるはずはない。
全員と文通のような状態になってしまい、しかも部活勧誘の手紙は辞書でも入っているのかと思うほど分厚いことがあり、
もはや嫌がらせの域に達したと雲雀に愚痴を溢したのだ。
今やラブレター回収は悲しいかな草壁の仕事となり、委員長が中身を見て気に入らなかったものは捨てる。
一度雲雀がいつもするように、全部捨てたらマジギレされた。
本人曰く「鬼!悪魔!女の子の気持ちをふみにじるんじゃない!」
男からのはどうなんだろうか。
「君はそろそろそのプレイボーイぶりを直さないと恨みを買うよ。最近よく不良に絡まれるんだろ」
「プレイボーイのつもりはないんだけどな……。
不良を雇うなんてどこのお嬢様をふったんだろ」
そこも覚えてないのか。
雲雀も坊っちゃんではあるが、かなり厳しい家の出なので、理不尽なワガママな言わない……はずである。
そもそも不良を雇って仕返しをするなんてまどろっこしいことはせずに、自ら報復に向かう。
そういうも不良をしばきあげて名前の一つでも聞き出してそうだが、そんなことはの頭の中でたいして重要ではないのだろう。
反して雲雀との約束に遅れることはあっても、忘れることはないことに優越感を感じて、期待が膨らむのを抑えるために空咳をした。
「今日は僕が送っていくから、普段から気をつけろよ」
「分かったよ。
あーあ、もうネタないんだよねぇ」
ラブレターの山と片付けるべき書類を見て項垂れたは、とりあえずラブレターを一枚手に取った。
あの中に自分からの手紙を混ぜておいたら彼女は気付くだろうか。
ちょっと思ってからすぐその考えを打ち消した。
「(乙女チックになるな僕!)」
男よりも男前なに性格改造されている気分になって、頭を抱えた。
そのとき視線を感じた。
素早くドアのほうを見ると、何者かが中を覗き見しているようだ。
応接室を覗くなんていい度胸である。
トンファーを手にして立ち上がろうとすると、顔は引っ込んで消えてしまった。
そういえばが何者かにつけられているという報告を聞いている。
今の輩がそれかもしれない。
早いところ解決しなくてはいけない問題だ。彼女がモテることに逆恨みした女子が、何かよからぬことを考えないとも限らない。
ネタがないと言ったわりに、すらすらと返事を書く彼は、露ほども心配していないようだが。
「あ」
思考を読み取られていたかと雲雀はびくっと反応する。
「すまない恭弥。私も今日バイクだから、送ってもらうのはまた今度にするわ」
さすがの雲雀もキレた。
「なんなのあれ!」
蹴っ飛ばされたポリバケツが引っくり返って、中身をぶちまけながら転がった。
薄暗い路地裏の一角、一人の女の子を囲むように不良然とした男たちが立っている。
だがそこに不穏な空気はない。
リーダー格らしい男が癇癪を起こす彼女に、ご機嫌取りでもするように声をかける。
「でどうすんだ?金を出す限りは手を貸すぜ」
マスカラで強調された目がキッと睨みつける。
許せない。私を裏切ったあの男が。
所詮は彼もタラシのイタリア男にすぎなかったのか。
「違うでしょ……、あなたはそうじゃないでしょ?」
忘れもしないあの笑顔。優しく手を取って起き上がらせてくれて、夜道は危険だからとバイクに乗せてくれたもの。
私だからそうしたんでしょ?他の女の子なんて気にも留めないんでしょ?
足下に転がった空き缶を思いっきり蹴って、カバンに手を入れた。
ストラップがじゃらじゃらついたカバンから出たのは、一通の茶封筒。
彼女はツインテールを振り乱して、リーダーに封筒を押し付けた。
「お願いするわ。あんまりケガはさせないでよね」
彼は中身を見ると、にぃっと笑って手下を引き連れその場を去った。
一人になってから、定期入れを取り出した。
中にはあらゆる手を尽くして手に入れた彼の写真がある。
どうしたことか彼の写真はひどく手に入りにくいのだ。体育祭ですら写ったものは一つもなかった。
明らかに盗撮と分かる窓越しの憂いにけぶる彼の顔を撫でる。
一瞬動くことのないその瞳がこっちを見た気がした。
「様……」
<あとがき>
イェンとエアを転校させた以上は彼らを活躍させんと!